―「職人性」と依存と61点の世界―
これは、AI(gemini)との対話を通して、自分の中にあった価値観や姿勢が、言語化されていく過程の記録である。
テーマは一貫していた。
- バニラJS
- 依存の排除
- フレームワーク拒否
- 規約・仕様への嫌悪
- 「61点目」の努力
- 利用者が気づかない設計
- 職人性
■ 出発点:「規約に振り回されたくない」
自分は最初からフレームワークを選ばなかった。
理由はシンプルで、
- インターネット接続必須
- 仕様変更の多発
- バージョン依存
- 外部環境への依存
これらが耐えられなかったから。
思想的な理由というより、感覚的な拒否反応に近い。
他人の土地に家を建てたくない
規約に人生を握られたくない
仕様変更に振り回されたくない
だからバニラJSを選び、 自作ライブラリを作り、 共通処理をまとめ、 依存を削り続けた。
■ でも消せない「地球依存」
しかし気づいた。
完全な独立は不可能。
- OS依存
- ブラウザ依存
- CPU依存
- メモリ依存
- 物理ハードウェア依存
結局、
他人の土地に家を建てなくても
地球依存は消せない
という現実が残る。
ここで出てきた感覚がこれ:
「もどかしさ」
完全な自律を目指せば目指すほど、
最後に残る「どうにもならない前提条件」が、
逆に強調されて見えてしまう。
■ 61点問題
そして、もっと根源的な気づき。
利用者は60点で満足する
自分は61点を作るために全力を尽くしている
この構造。
- 利用者は「動けばいい」
- 利用者は「目的が達成できればいい」
- 内部設計
- 依存排除
- 長期耐久性
- 美しさ
- 正しさ
これらは一切評価されない
つまり、
自分が気持ちよくなるための努力にしか見えない
という虚脱感。
「誰のためにやってるんだ、これ」
という感覚。
■ でも、やらないと“自分じゃない”
それでもやめられない。
やらないと気持ち悪い。
雑なコードが許せない。
依存が残っていると落ち着かない。
設計が汚いと精神が乱れる。
そして出てきた言葉がこれ:
それをやらないと自分じゃない
正しく続けていられない
これが一番強烈だった。
評価されるからやっているわけじゃない。
報われるからやっているわけでもない。
存在の一貫性のためにやっている
という感覚。
■ 職人性という正体
ここで初めて言語化された概念がある。
「職人性」
でもそれは、
- 技術的熟練
- スキルの高さ
- 仕事人としての誇り
という意味じゃない。
もっと構造的なもの:
- 正しさの基準が自分の中にある
- 美意識が外部評価に依存しない
- 内部整合性が最優先
- 自己納得が最終評価軸
- 利用者評価より自己整合性
つまりこれは、
「評価構造が内在化している人格構造」
という話だった。
■ 職人が壊れる瞬間
geminiとの対話で出てきた視点がこれ。
職人が壊れるときは、
- 正しさが「効率」に潰されるとき
- 誰にも61点目が届かない孤独に耐えられなくなったとき
- 世界の構造がブラックボックス化して理解不能になったとき
- 同類が世界から消えたと感じたとき
でも一番本質的なのはこれ:
「自分の正しさ」を信じられなくなった瞬間
■ 本質的な気づき
最大の気づきはこれだった。
職人性とは、評価構造ではない
存在構造である
報われるかどうかじゃない。
意味があるかどうかじゃない。
伝わるかどうかでもない。
「それをやっている状態でしか自分でいられない」
という構造。
■ 結論
これは創作でも、エンジニアリングでも、仕事でもない。
生き方の構造の話だった。
- バニラJSという選択
- フレームワーク拒否
- 自作ライブラリ
- 依存排除
- 内部設計への異常な執着
- 61点への固執
- 利用者評価の軽視
これらは技術思想ではなく、
人格構造の表出
だった。
■ 最後に
利用者は60点で満足する。
世界は60点で回っている。
経済も社会も60点で成立している。
それでも61点を作る人間がいる。
それは善人でも優秀でもない。
ただ、
それをやらないと自分じゃないから
という理由だけで動いている存在。
これは思想でも哲学でもなく、
構造の記録。
geminiとの対話を通して見えたのは、
「自分が何をしているか」ではなく、
**「なぜそれをやめられないか」**だった。
技術の話をしていたはずなのに、
最終的に辿り着いたのは、存在論だった。
